賛成意見
○小学校まではがんばって走るだけでよい。
○なんでも、競争する時代は、終わったのでは?あと、子供のうちから、負けて人を恨むということを覚えそうだから。
○性格や身体能力は個々で違うので。。みんな頑張ったで賞でぃぃかと。。
○私はいつもかけっこで一番遅かったので、かけっこ=運動会=運動が大嫌いでした。しかし、今は運動が大好きです。その理由は誰も順位をつけないから!!小さい頃からスポーツを楽しんでみたかったなぁ・・・。
○競う事には集中するが、順位には特に興味を示さないから
○競争意識を生じさせ、弱者を見下し、強者に対して劣等感を覚える人間に成長させてしまう恐れがある。
○自分自身の幼少期、悲しかったからです。
○保育園の園児くらいの低年齢の子供には順位とか考えさせず純粋に楽しませてあげたい。しかし運動会での順位付けは小学校からは必要だと思う。
○順位をつけてもつけなくてもあまり関係無いと思います、ただご褒美はみんな同じもの物にしておけばいいと思います。
幼稚園や保育園の時は子供たちの中であまり順位は関係ないような気もしますね、私の子供が幼稚園のときやはり運動会のかけっこで走り出したとたんに一人の子供が転びました。転んだ子供を他の子供が助けてみんなでゴールしたことがあります、これくらいの子供は順位より友達みたいですね。
反対意見
○順番をつけるのは当たり前。大人になったときに突然順番をつけられて戸惑うよりも
こういった小さいことから慣れて行かないとだめだと思う。現実は厳しいですよ。
○これから先、あきらかに競争社会だし、個人の能力にはそれぞれ優劣があってあたりまえ。その中で自分の得意なものを見つけなければ自分の長所も短所も生かせず知らずに終わってしまい結局実社会での生活力を育てられないと思う。
○「かけっこ」は競い合うものです。「競う」ということは悪いことではありません。順位をつけることをしないのなら、その様な競技ではないゲームか遊びに徹するべきです。順番の順位に関係なく参加することに意義があることを子供が子供なりに解る言葉と態度で学習(=学び習う)させるのが大人です。
○順番を付けないのは、きっと日教組の考えでしょう。間違った平等主義です。
○自分はスポーツが苦手な子供で、かけっこもいつもびりでした。だからこそ勉強をがんばった記憶があります。「足の遅い子のために、みんなでゴール」は、かえって子供のプライドを傷つけると思います。
「かけっこは苦手でも、○○は一番だね」というように、いいところを見つけてあげればいいと思います。
○競いあうこと、順番がつけられることは、生きていく上で当たり前のことです。徒競走で上位の子供はそれをそのまま褒めてやれば良い。下位の子供は、順位以外の完走したことや一生懸命だったことを褒めてやれば良い。子供の心を無駄に傷付けずにフォローすることが、子育てをする大人の責任かと思います。
○勝負事は必ず勝者がいれば敗者がいる。勝者は一番になったことを喜び、敗者はそれを糧にして次につなげればいい。勝ちと負けは成功と失敗に似ている。前者は大きな喜びを力に変えればいい。後者には必ず反骨が生まれる。次に成功した時、「あの時の失敗が糧になった」というときが必ず来る。そういった意識づけを小さな頃から経験していたほうが後々きっと役に立つと思いました。
○順番をつけない意味がわかりません。怒りすら覚えます。競うことや勝ち負けというものを教えることも大切だと思います。もし人と比較したり争ったりすることが悪いことだから順位をつけないのであればそれらを「悪いこと」として隠すだけでなく、悪いことだとしたらなぜ悪いのか、どうしたらいいのかを教える責任が大人にはあると思います。
○1番、2番・・と、結果がでるのが当たり前だった自分の子供の頃を思うと、順位をつけない最近の運動会を知ったときは、とても驚きました。走り終えれば、入場してきた時の列順に並ぶ光景に、正直、違和感もありました。順位ではなく、精一杯、自分の力を出し切ることに意義があるということなのだろうと思いますし、順位をつけなくとも、結果は子供たち本人も、よくわかっていると思います。走るのが苦手な子が、いつも下位の列に並ぶということも避けられますが、接戦でゴールした着順に一喜一憂するということも少なくなるんだろうなあと感じます。「順位がないし、本気で走っても仕方がないから走らない」と言っていた男の子の言葉に、複雑な思いがしました。
○「すべて平等」というのはあまりにも安直なやり方です。子供たちはそれぞれ個性も得意なこともそれぞれなので、各人の長所を伸ばしてやる方法を取るべきです。その一例として、私に小中学校のときの経験を申し述べたいと思います。私は、子供のころは、勉強はそれなりに出来たのですが、運動は全くの苦手で、小学校時代の運動会はいつもびりばかりで、本当にイヤでした。ところが、中学校に入ったところ、中学校の運動会に「計算競争」という種目が設けられていたのです。これは、100メートル競走の途中に計算問題が置いてあって、それを計算して走るものです。私は中学1年のときその競争で1位になり、その後の中学生活も大変楽しく過ごすことが出来ました。このように、それぞれの生徒がそれぞれの長所を生かせるような種目を設けていたことは、本当によかったと思います。これこそ本当に教育のあるべき姿だと、今も思っております。
○これは難しい問題ですね。。。賛否両論だとは思いますが順番をつけること自体はありとして、その順番で自分が他の子よりもすごいだのどうのだということではないということも伝えてあげたいですね。
○走る楽しみがないと思います。順位をつける、公開するのは差別だとか言う人がいるけど、状況に応じなくてどうするの?そんなゆとり世代が今大人になってどうなってるか、考えてみるといいですわ。
○かけっこをして、ゴール手前で止まってみんなが追いつくまで待っている光景を見たことがあります。これはおかしいと思います。そんなことをしていては、一生懸命走る子は少なくなります。友達が一生懸命走っている姿を一生懸命応援することの大切さを伝えることの方が価値は大きいと思います。
もし、順位を付けたくないのなら、初めから手を繋いで一斉にゴールまで走れば良いのではないでしょうか?
○子供は何でも競争したがるので、順位は必要です。
事前にタイムを計っておいて、同じくらいのタイムの子供通しで走らせれば良いのではないのでしょうか。
分からない・その他
○かけっこの目的は何かを明確にして順番をつける、つけないを議論したほうが良いと思います。
○ 速かった子供は嬉しいだろうけど遅い子供はさみしい気分だと思う。自分が遅かったので
○ 競争に順位をつけるのは当たり前なことですよね。順位がないと、自分の意思で競争している子供の場合は、納得できない気持ちになるはず。逆に例えると、無理やり競争させられている気持ちで参加してる子供にとっては、順位が不条理なものに感じてしまうかもしれないですね。主催者、家族側が「かけっこ」を、競争と位置づけるのか、そうではないのか。私は「かけっこ」は嫌いでした。私にとっては、させられている競争でした。
○子供の目線・思いを親が理解し、どのように順番というものを子供に理解させるかだと思います。各家庭、親子、子供の環境はそれぞれ異なるものですから、順番の考え方も異なるでしょう。しかし社会ではやはり評価というものがつきものですから、社会(ここでは保育園)での評価と家庭での子供の価値を区別する必要があるのではないでしょうか。評価=価値ではないと思います。運動会で順番をつけるかどうかはどちらでも良いのではないでしょうか。
回答者の性別内訳
◆最後に、皆様から寄せられたコメントをいくつか紹介します。
◆アンケート項目は、「運動会のかけっこで順番を付けないことに賛成ですか」でした。結果は、76%の方が「反対」と回答されました。
回答者の年代別内訳
2009年7月実施アンケート(期間2009年7月15日〜2009年8月14日)の集約結果は下記の通りです。