子どものいじめの責任は、どこにあると思われますか?
キャンペーン期間=2012年9月25日(火)〜10月10日(水)
【回答者総数】=1258名


今回のアンケートは大勢の方がご意見をお寄せ下さいました。
貴重なご意見をありがとうございました。

回答者の年代別人数

年代 人数
10代 156
20代 403
30代 398
40代 184
50代 80
60代 25
70代 6
80代 1
無回答 5
合計 1258

回答者の性別

性別 人数
女性 803
男性 455
無回答 0
合計 1258
   

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無回答 0    
合計 1258    

Q1.子どものいじめの責任について

選択項目 人数
家庭 478
学校 385
その他 395
合計 1258
   

【主な意見】

家庭学校その他

<家庭>

・子供のいじめは実際は学校等で行われているが、根本的要因は子供が育った環境すなはち家庭に有ると思う。

・家庭環境が大きいと思います。わがままに育てるのでなく、我慢することや、人の立場に立って物事を考えるように幼い時から家庭でしっかり教育していくものだと思います。子供の話しを真剣に聞いてあげることも大事だと思います。あとで、あとではだめだと思います。

・からかう人は「いじめっ子」になります。恐らく、他人をからかう人は、自分がからかわれたく無いが故に他人を標的にして、自分を強く大きな存在だと示したいのだと思います。その強がりが続くと、そんな自分から抜け出せなくなり、暴力をふるうような悪質なイジメになると思います。小さな子供の頃から自分の子供にからかわれたらどんな気持ちがするのか痛みを教え、子供の変化に気づくことができる親が増えたらイジメも少なくなると思います。

・家庭環境(親がきちんと目配りし,話を聞き,愛情を注ぐこと)が一番だと思います
やはり子供の精神的基礎は家庭で形成されるものだと思うし、家庭の環境は子供の情緒に反映されると思います。

・自分の子供をいじめっこにしない教育をすることが一番大切だと思います。

・人が人をいじめるのは本能的な部分に存在していると思うので、幼稚園や学校などの教育がはじまる以前の生活の場で、細かい事を注意していく必要があると思うから。

・いじめの加害者側こそ、心に問題があると感じる。それを自身で克服できずに外に発散しているにすぎない。それも自分より強い相手には向かう勇気はないから絶対に勝てる相手を物色しターゲットにするという卑怯な考えが潜んでいる気がする。これは幼少期からの親の育て方や接し方薫陶による影響が大きいと思う保育園や幼稚園から学校(義務教育)に進んでいく子供たちの人間としての基盤は家庭にあると思います。学校で人間性を養い集団の中で学ぶことも多いでしょうが、家庭でさまざまな物事に対するボーダーラインをどこに引くかによってその子の将来が大きく変ると思います。うまく学校という集団の「枠」にはまることが出来ても、自分で物事の良し悪しを判断する力、自分なりの物差し(ボーダーライン)を持っていないと社会に出ても周りに流されっぱなしの人間になってしまう・・・いじめる側でもいじめられる側でも。そこをきちんと見てあげられるのはやはり親ではないでしょうか。しかし大津での自殺にまで発展した痛ましい事件などを見ると学校のあきれた無責任さに憤りに体が震えます。ただそのような学校なら辞めてしまえ、と言ってあげられるのも最終的には親だと思うのです

・家庭が子育ての原点。昔は「人に迷惑をかけてはいけない」「不正をしてはならない」「弱いものいじめはダメ」など、家庭で教えていた。今はそのような家庭教育が弱くなった。いじめっ子は家庭で人としての生き方を教えてもらっていないのだろう。

・今の子供は、朝から夕方迄 保育園や学校、塾で過ごす時間が親といる時間より長いため 不安定になりがちです。
また親も、夕方仕事から戻っても家事に追われ子供と向き合う時間も体力も有りません。
そうなると 親は面倒な話は聞きたくない、子供も都合の悪い話はしたくな
い…こうした積み重ねから親は自分の子供の置かれている状況や本当の姿が見えなくなり、人間関係をキチンと教えることが出来ないから。

・子供の行動というのは子供の幼少期によって影響される部分が多いと思うので、そこでどのように行動したかによって大人になってからの行動に現れると思うので、家庭の責任というのは大きいと思う。また子供がいじめられる原因として、名前というのがよくあるので、親の都合で俗にいうキラキラネームを付けるというのは子供がかわいそうである。

・自分自身いじめられていた事があります。相手側の親に訴えてもうちの子はといわれました。その事でその子の親は自分の子供とちゃんと向きあっていないんだなとわかりました。親をみても、どうしてこういう子供になったのかというのもよくわかりました。世間では学校のせいという方もいますが、学校はあくまで人と人とが共存する空間。その子供はその空間で学ぶ事はするけれども、その成長を親が感じ、羽ばたかせるのも委縮させるのも親の腕次第だと思います。ながくなりましたが、人のせいにするなら自分の姿が子供にどう映っているのかを親は考え直すべきだと思います。

・すべて学校に任せることこそ、親の無責任だと思います。子供の様子、常に関心をもって対処しないと行けません。いじめってどこでもありますから、自分の子供をどうやって守るのか親の責任です。

・いじめについては、コミュニケーション不足が問題だと考えています。親子、子供同士、みんな思っていること、考えていることをしっかりと話したり、聞いたりする時間をもつことが必要と考えています。
小さい時の愛情不足から起こるものだと思う。
子供には粘り強く接しないとダメ!途中で諦めるとそこで終わってしまう。子供でも大人でも、自分が愛されていると思う事ができれば、他人を攻撃する事はなくなると思う!全ては『愛情』!!

・いじめはとにかく学校で起こるものなので、学校責任ばかりが取り沙汰されますが、やはり家庭で子供の些細な変化に気付く事が大事ではないでしょうか。子供はいじめにあっている事実を親に言えない場合が多いため、普段から注意して親子のコミュニケーションをはかり、表情や言動から親が最初の扉を開いてやるべきだと私は思います。いじめる側になっている保護者などは余計に気付かないと思いますので、子供には小さい頃から命の尊さを家庭内で教えていく事がいじめ防止の対策案だと感じます。中学校になってから教えても、性格が確立してしまっているため、幼少期にどういった教育を家庭内で行うかが一番大切なんではないでしょうか。

・いじめは、いじめる側に問題があると思います。いじめる子にかなりのストレスがあると思うので、病気と同じだと思うので、その子のフォローやカウンセリングが必要だと思います。アメリカと同じように、麻薬常習者と同じ扱いで隔離して、精神面や生活面を見直さないといけないと思います。そいった面で、外国とかなりの意識格差があると思います。日本は、対策が後手後手に回らないで、いじめは初めから存在するものとして、尾木ママの言うようにいじめを報告制にしないで、いじめの解決を報告するようにして、積極的にいじめ問題に取り組んでもらいたいと思います。

・家庭では、子供を怒ることができない親が増えたこと、地域でも子供をみることが減ったこと、学校でも怒れなくなっているのではないでしょうか?

・家庭5割、学校3割、居住地環境1割、世相1割
人格形成の大半は家庭で作られると考えるから

・友達を大切にしなさい、弱い立場にいる人に対して理解(障害など)しなさい、など、もっと家庭で教育があってもいいはず。怒る事ばかりを躾と思っていては、子供はフラストレーション溜まるばかり。その捌け口はクラスメートに。一旦クラスを自分の怒りの捌け口の場であると認識してしまうと、その場での教育は難しい。家庭である程度、教育しておけば、捌け口になってしまったとしても、罪悪感が生まれるので、本人が自分で過ちに気付きやすいのでは、、と思う。

・人はみんな違って皆いいんだということをきちんと教えてないから。
自分の子供ばかりを大事にせずに相手を大事にすることをきちんと家庭で教えなければいけないと思います。

・マナーやモラルは家庭で学ぶ部分が大半を占めます。
集団で生活することにより発生する義務は、保護者の生活環境や社会貢献度により異なり、家庭によって義務に対する意識は異なります。
その環境下で育つ子供にも影響を与えて当然と思われます。

・「子は親の背中を見て育つ」と言うとおり、親の態度やしつけがしっかりとしてなくてはいけない。育ってきた環境によって、子はどのようにも育つ。いじめられる側に問題なんてものは無い。いじめを見て見ぬふりをする学校は問題だが、モンスターペアレンツの所為で学校側が萎縮している。よって親に一番責任がある。

・「自分の子供を、加害者にも被害者にもしてはいけない」という決意が希薄に感じられます。子供のことを一番近く、一番深く見つめることができるのは家庭であると思います。私の子供はまだ2歳で小さいですが、いくつになっても親は子を守るべきであって、それが育児をする者の責任だと考えます。

・何よりも親たちの責任が一番重い

・自分の子供が友達を虐めて楽しんでいるという事実を知らない親が多くなったのが原因のひとつだと思う。虐められることには過敏に反応するのに、虐めることに鈍感なのが原因だと思う。

・いじめられているなら、いつもと違うはず。それを気付いてあげるのが、一番身近な親だと思う。気付いたら、早めに担任の先生に相談する。

・学校側でしっかり見ていないというのは確かに問題ですが、そもそも家庭で親がしっかり善悪を教えて育てていれば普通は人を傷つけるような行為はしないはずです。幼少期からしっかりと愛情を伝え、子供と真剣に向き合ってこなかったために起こったことだと思いますので責任は家庭に一番あると思います。

・責任、というと難しいですが、やはり基本は家庭でどうすごしてきたかがその子の人格を決める大きな要因にはなっているのではないでしょうか。しかし、いじめられる子もいじめる子も、親や大人の保護が必要なことには変わりありません。もちろん、法律によって刑事罰を与えることの社会的な重要性はあると思いますが、その前に私たち大人が子供に対してどう向かい合っていくか腰を据えてもう一度考えなくては根本的な解決には向かっては行かないのではないかと思います。
子供は私たちが思っている以上に大人ですが、私たちが思ってる以上に成長していないこどもであることを忘れずに。

・いじめは、いつになってもなくならないと思う。遠い昔から多かれ少なかれず〜っとあったと思う。だから、いじめにあってもくじけない強い心を持つように家庭で教えていくべきだと思う。それと、自分にされたら嫌なことは、絶対お友達にもしないように教えていくべきだと思います。

・昨今いじめの問題は、学校の責任ばかりが問われているように思えますが、その要因といえば第一に校長、担任の事後対応の悪さであり、第二にそれをマスコミが煽動する報道に問題があります。そもそもは会話のなくなった家庭、子に無関心な親の責任であることは明らかな事実であることを忘れないでもらいたいと思います。

・100%家庭(親)の責任。自分の子供をきちんと教育&管理できないなら、子供を作る資格はない。いじめをする側もされる側も、親と子供のコミュニケーション不足。子供の変化に気づかないようなら親失格。自分の責任を学校や社会のせいにするのは、これも親として失格。最近そうゆう無責任な親がとても多くなっている、そして犠牲になるのは何時も子供(被害者も加害者も)たち、これはある意味悲劇です。家庭と言う最小のピラミッドが適切に形成された上で、地域・社会・学校が更にそれを補助する事が重要と思います。

・今の世の中は世の中のことが大人と同じほど情報が入る。
これは子育てに障害になっている感じすね。
親も学校も大変かも。大人が馬鹿にされる時代ですね

・私が中学でクラスで死ねといわれたとき、担任だった先生は、平手打ちしてました!
それくらい重要なのに最近は教師が無駄に暴力を振るった結果!教師の暴力が禁止された。
それにより、家庭も本人が悪くてたたかれたのに、教師の暴力反対!とクレーム。
悪いことをしたのだから、仕方ないと親が思えなくなっている。
いじめられた子にも問題がある。だからいじめていいわけではない!

<学校>

・「親の意見を真剣に聞く→真剣に考え、解決に動く→親に報告・相談する」、この事が出来ていないから、非常に大きい問題に発展してしまうのです。

・学校だけではないと思うが、一番気づきやすいのはやはりその現場になる学校だと思うので、大きないじめに発展する前に家庭やその他の機関に早期に報告し、対応するべきだと思う。教育のプロが責任を取るべきである。

・いじめはいじめた人が100%悪いですし、その内容により立派な犯罪だと思います。また、いじめを隠蔽する、無かったことにする学校、校長以下の教諭、教育委員会は本当に許せません。大津市の皇子山中学校のあのへらへら笑っている校長、韓国語に詳しいという当時の担任が未だに職を辞さない、責任をとらないのには腹が立ちます。

・特に小学生の場合は解決する能力が生徒本人に育っていない。学校側特に担任は生徒たちの様子を観察して欲しい。またいじめは卑怯なことで許されないと諭して欲しい。

・大人がまず落ち着かないといけないと思います。
それから聞き上手であること、共感すること、結果よりもどれだけ寄り添ってくれるかが重要だと考えるようになりました。

・人間力を育てる教育を行っていないからいじめがあったら全てが終わる、そういう状況を生むんだと思います。

・校内暴力全盛の時代に校内暴力対策教員として現場で教師をしてきました。今はプロコーチをしていますがこの何年も感じることは学校という場所が子供たちにとって成長の場ではなくなっているのです。その大きな原因は、人間力の強い教師がいなくなってしまったことです。偏差値教育の中を生き抜いてきたようなひ弱な人間ばかりが採用試験に合格してしまうような受験制度にも問題はありますが、常に問題意識をもって教師としての明確なビジョンをもち子供たちと関わる時間を優先することができれば
必ずお互いが成長できるはずです。まずは子供たちのリーダーになれる教師を目指してほしいものです。

・まず、担任が毅然とした態度でいじめ問題と向き合い、管理職にも相談しながら解決策を模索していれば、自殺、という最悪の事態にはならなかったかもしれません。

・道徳という授業が足りないと思います。学校とは学ぶところです。教えることは学問以外にもあるのです。だからこそ道徳という授業があるのですからその授業を増やしてなぜいじめがいけないのかしっかりと教える必要があると思います

・残念ながらいつの時代にもいじめはあります。今は先生の存在が無視させていて先生の威厳みたいなものが全くないのではないかと思います。悪いことをしたら先生に『こらー』とげんこつをされる。なんて今はないのでしょうね。なんとなくそれが問題なのではないかなと思います。先生は悪いことは悪い!とはっきり怒っていいのではないのでしょうか。そうできない今の教育社会がおかしいのでしょうね。

・世間体や保身のために、いじめを無くすのではなく、いじめを隠す学校は許されないと思う。未来ある子供たちが自ら命を絶ってまで訴えた事に正面から向き合ってほしい。子供同士の揉め事ひとつすら解決できない教師は恥を知るべき。また、他人をいじめる事に喜びを覚える子供たちは人格が問われると思う。

・教師たちはあまりにも無関心、不干渉なんです。熱意のある方が権力で隅に追いやられたり、生徒たちの心を面倒見る時間もないほど業務に追い立てられる現状はありえないと思います。私の母校でも、また聞いた話でも、ノンフィクション作品の中ですらそうなので、間違いはないと思います。

・ニュースとかでも問題になっているのは学校等で家庭ではないと思う。
個々によって事情は違うと思うが、家庭はやっぱり子供を守ろうとしているのに対し、学校は自分達を守ろうとしているように感じる。

・集団行動は学校に行って初めて学んでいくもの。自分の子を見ていじめられるか、いじめをするか予測して教育するのは不可能。学校が、ひとりひとり、様子を見て、社会性を教えていくべきだと思います。もちろん、家庭にも細かく問題や指導を知らせて連携をとるのは必須ですが。

・いじめのない学校作り、いじめの対策等、会議で話し合ったりするべきです。以前教育実習に行かせていただいた学校は、いじめのない明るく、穏やかな学校でした。それは明るい学校にするために、礼儀や挨拶の指導、道徳や総合学習、いじめについてクラス全体で考えることに時間を割くなど、教師と生徒がコミュニケーションをしっかり取り、教師たちが努力した結果だと思います。教師の努力、取り組みで学校は変わります。なので、いじめの責任は学校にあると思います。

・集団の怖さというか、1人ではとてもいい子なのに、何人かあつまるとなんとなくいじめる雰囲気と言うのができてしまうんだと思います。会社につとめても、集団の怖さがよくわかります。

・教育を行う場は、子供たちの心の教育もしっかりと行われるべきだと思います。家庭でももちろんですが、学校にいて親の目の届かない場で起こるいじめにはきちんと学校側がめを光らせて対応してくれないと困ります。

・クラスの担任の先生の責任はやはり大きいと思います。日々生徒と顔を合わせ、クラスの雰囲気を肌で一番感じてる大人が気づかないという事はよほど、注意散漫か怠惰の現れではないでしょうか。

・法や倫理の自覚がない子供だけの場を管理する責任がある。

・狭い空間にとじこめ、しかもそれぞれ個性も能力も違う子どもに画一的に教育を行おうとするのがいけない思う。そもそも集団になるから、仲間はずれが起こるのです。それぞれ個性の違う子どもが、同じクラスになったからといって仲良くするのが当たり前というのは少し違うと思う。相手に合わせることが社会性を磨くことに繋がるという考えかもしれないけれど、生理的にあわない人間もいる。こうあるべきという考えをすて、子どもたちの目を外の世界に向けさせることも大切だと思う。人間関係を築けるのは、学校の中の人間だけが全てではない、といった見方も学校側が持つべきではないかと思う。

・閉鎖環境にいるのでいじめが発生すると思う、何がいじめに該当するのかいじめをするとどうなるのかを生徒に教えるべき。
全ての責任があるとは思えませんが、起点には違いありません。
必ず何らかの兆候があるはずですので些細な事でも各教員の方々には注意をはらって頂きたいです

・基本的なしつけ(思いやり等)は家庭の責任が大きいと思うが、いじめを見抜き指導するのは、学校生活に強制力をもたない家庭では限界があると思うし、親が介入するのは余計なトラブルを招きかねない。
学校で起こっている以上,学校側がしっかりと責任をとり,対処すべきだと思います。
それが,教師の役目の一つであると思います。
大抵の子は集団にならないといじめなどの行動を起こさない。

<その他>

・家庭・学校ではなく 大人の責任だと思います。
私が子供の頃は 悪い事したら、知らない大人からも怒られました。今は、逆ギレ等 何をされるか わからない。 過保護にしたのも大人だと思います。

・責任のなすりつけ合いでは何も進まないと思う。結局のところは各々の危機管理能力、自己解決能力を高めるしかないと思う。国の打ち出すマニュアルが間に合っていない。

・あまりにも家庭で甘やかされて育った子供は、当然集団生活の中でもわがままになり、結果、それを気に食わない周りの子たちから敬遠されると思う。結局それがいじめにつながるのではないかと思う。あと、子供はまだ自分たちがやっていることがいじめであるという認識が薄いと思う。それは教育の場で時間を作り、細かく教えていく義務があると思う。頭のいい子をたくさん輩出するのがいい学校ではない。まずいちばんは、一般常識が分かる子供に教育してほしい。いじめは、人間の習性。中国の行っている行動がそれをよく示している。人間を動物の頂点としたら、動物の威嚇、縄張りを守る習性、等をより進化(悪い意味で)させた形。 残念ですが、責任は我々の身体に刻まれているDNAになってしまう。

・一番あると思われるのは余裕の無い人々を多く生み出した、政府に責任があると思います。人は皆ある程度余裕さえあれば自分の中で物事に対する整理が出来ると思っています。しかし、精神的に追い詰めれられていたり、肉体的に追い詰められていればその整理も出来ず、我慢のプールもすぐにいっぱいなってしまう。だからこその原因そしてそれらが起きる理由ではないでしょうか?

・教師が権力をもっとふるえる状況を作ってあげないといけないと思います。

・要因は一つだけではないと思う。
私の小さいいじめ(中一の時クラスの1人からシカト)を受けたことがあるが、シカトが一人ですんだのも、その子のまわりの友達のおかげでもあるし、また、その時その私を受け入れてくれた友達のおかげでのある。さらに、いじめは伝えてなかったが明るい母の存在と友達いないなら勉強しようー!とのんきに切り替えられた自分のメンタルの強さなど複数だと思う。

・学校だけではなく社会に出てからの各種のハラスメントは「いじめ」の延長線上にあるものと考えてます。メディア、テレビドラマや映画、さらにはアニメや漫画などの中で簡単にいじめを題材にしたものを取り上げる事が問題の一つになっていると思う。現代の子供の中には、学園ドラマなどで、年々悪く映る様に作られていくいじめっこをお手本にしてしまうような子供もそう少なくないと思う。確かに難しい問題であり、解決策もなかなか見つからない問題であるとは思うが、成功策や失敗策を集めて紹介したりして、国民がもっといじめ問題について考える時間を、増やすための努力が必要だと感じる。

・家庭や学校といった限定された場所、人ではなく、社会環境や声までの教育方針、そして行き過ぎた資本主義のせいだとおもっています。
家庭、学校、子供本人を含む社会全体。子供への関心の低さ、教師、親としての自覚や責任の無さ、子供本人の軟弱化やデジタル端末の情報伝達力発達によるイジメの陰湿化など色々な状況があり、数え上げればキリが無く一概にどこに責任があるとは言えない。

・いじめた本人。家庭環境などもあるのかもしれないけど、やっぱり子供であってもいけないことはいけないこととして、どんな形であれいじめた本人になんらかの責任をとらせるのが本人の将来にとってもいいと思う。

・テレビのバラエティ番組やマンガの中に、弱者への差別意識を下敷きにしたものが相当見受けられ、そういうものに日々接していると、それが当然だというように無意識のうちに刷り込まれてしまうのだと思う。

・子どものいじめの問題は、まず、被害者救済を一番に考えないといけないと思う。でも、それだけで問題は解決しない。加害者が“なぜいじめを行うのか”を明らかにして、“いじめをどうしたらやめられるか”を、加害者と共に考え、解決策を導き出すことで、加害者の救済も行うべきであると思う。いじめの問題は社会全体が取り組むべきであって、そうでなければ解決しない。だから責任は、社会全体の大人が取るべきだと思う。

・直接いじめを行った本人に責任はあると思います。
ただ、それを理由にいじめを行った人を社会的に制裁してしまう事も、またいじめとなってしまう。今考えなければならないのは「いじめゼロ」ではなく「受容可能なレベルのいじめ」に留める方法ではないかと思っています。
人間の行動ですから、いじめをゼロにする事は不可能だと思います。

・いじめを見て見ぬ振りをしたり、気づけなかったりする学校にももちろん責任はありますよね。見て見ぬ振りなんて、教育者としての恥だとおもいます。
しかし、家庭環境も原因はあり、子どもを守れない親、なんでも話し合える環境…色々あるとおもいます。そして いじめをする子に育ててしまった親。全てに責任があるとおもいます。

・親の愛情に満たされてる子はいじめはしないと思います。
家庭環境や家庭での育て方・しつけなど親子の関わり方、その子ども自身、また学校での教師と生徒の関係や教育現場の現状など色々な要素が関わっていると思うので、これが原因・責任と1つに絞ることは出来ないと思います。・

・いじめは、家庭と学校の両方に責任があると思っています。
家庭でできる(または防げる)こと、学校でできること、それぞれ違う方向からできることがあるはずですし、それぞれに責任もついてくると思います。

・いじめる側といじめられる側と学校と家庭とすべてにあると思う。いじめる側には目立つ人が多い=一歩間違えば自分がいじめられる側になるかもしれない不安感があるから先頭を切っていじめる側になる。いじめられる側もいじめられる原因がある場合がある(人を不快にするような行動をとるなど)ときは本人が改める努力をする必要がある。先生がいい先生だとこの先生のクラスでいじめはしたくない、先生に嫌な思いをさせたくないという思いも生まれる。家庭でいじめに気づくのはすごく難しいことだと思うが、親同士のコミュニケーションのなかで気づくことも難しいことではない。親同士がいじめをしあうという状況や陰湿すぎるいじめや怠慢な学校の対応などどうにもできない状況では見切りをつけて転校や学校にいかせないほうがいい

・いじめはきっとずっと昔からあったと思うんですが、今みたいに命にかかわるようなことにならなかったのは、叱る大人が周りにたくさんいたからだと思うんです。近所の口うるさいおじさん、おばさんって最近はいないですよね。
だから家庭の責任でも学校の責任でもなくて、社会の構造が変わってしまって、子供を見守る大人が減ったのかなと。
みんな自分たちのことで精一杯ですし。

・いじめの責任は本人たちにあると思います。きっかけは些細な事だったりします。私も過去そうだったから。男子が好意を持ってる女子にちょっかいを出したくてそれがエスカレートして・・・とか、間違った事をしていつまでも謝らなかったから・・・とか、当人同士がちゃんとしていればいじめの半分は無くなると思います。多分ですが。

・家庭と学校、ともに責任があると思います。僕もいじめられていた経験がありますが、誤った教育でわがままになってしまったり自己中心的になってしまったりとエスカレートしては学校という社会に溶け込むことはできないと感じるからです。しかし姿形に関しては学校に責任があると思います。

・私自身いじめられっこでしたが、やはりいじめはいじめている本人が悪いと思います。ただ、親が「学校に行かなくてもいい」という選択肢を作ってあげることも大事だと思います。

・家庭も学校も含む、社会全体の責任。日本人全体に、モラルが欠けてきていると感じます。子供は大人の背中を見て育つので、モラルの欠如した大人が増えれば、子供の世界で問題が増えるのも当然かと。

・責任は誰にもないと思います。もっと、教師と生徒間、親と子、教師と親、親同志のコミュニケーションの場を持ち、信頼関係を築き、深刻になる前の子供の本当に些細な変化を誰かが気づき、それを交換しあうことが必要だと思います。

・いじめにもいろいろなケースがあるので一概に言えないと思います。ただ子供自身の資質には家庭が、子供同士の関係には教育の場が主に関係あると思います。

・家庭で夫婦喧嘩やDV、また『死ね』など暴言を家庭内で言うと、子はすぐ真似をします。なので、そう言った言葉には気を付けて良い家庭環境で過ごされるよう親も努力しなければいけませんね。私が感じる大人社会は、子のいじめ問題の延長戦だと感じています。人を殺す人、会社内でのいじめなど、自分はりっぱな大人だと考え行動している大人が多いと思いますが、大人ほどより一層人の気持ちや罪について考えなければならないと思います。

・いじめている本人に責任があると思う。特に怪我をさせたり、本当に人を追い詰めるような犯罪行為をする子供は、躾も問題ありだが、人格に問題ありだと思う。

・家庭環境が原因でグレて万引きとかは、更生の余地があると理解できるが、ゲーム感覚で人を痛めつけるような人間には、はっきりそれは犯罪だと分からせる必要があると思う。

・昔からいじめはあったのかもしれませんが、そこには弱い者を守る人もいて、今の様に自殺に追い込んだりとかなく、ケンカで終わってたと思う。今は、注意した人が、先生、大人であっても標的にされるからみんな見て見ぬふりをして、いじめは加速するんだと思う。
親は自分の子供を被害者、加害者にしようと思って育てる人はいないから、いじめをする人の幼少時代の共通点があるのかも?

・TVゲームの普及

・物が溢れていろいろな知識がつくにつれて人間も賢くなるので、いろいろな複雑な感情や表現も芽生えるのだと思います。

・性格も口ぶりもやはり育て方がはっきりでると思います。
小さな頃にそれに気づいてやるのが一番大事かもしれません。
全てが責任のなすり合い 地域全体で取り組むべき。

・すべてに責任はあると思っています。どれかひとつだけに原因があると考えている場合の解決は、その後うまくいっていないと思います。

・いじめはどんな時代でもあったはず、私の子供時代でもかなり陰湿ないじめはありました。大人になってもあります。いじめに負けない強い気持ちを持てる人にならないと。

・いじめは絶対に許されないという地域社会全体での働きかけが重要だと思う。どこかの自治体でいじめに関する条例ができたそうだが、そいうった試みが必要だと思う。

・いじめの根本は社会にあると思います。子供と先生の上下感がなく、子も親も先生を学校を見下しています。加害者の子も親も謝り方を知りません。先生も生徒に接触するとセクハラだヒイキだと言われます。男の先生も激減し学級崩壊は進化しいじめが多発するのではないでしょうか。

・親や担任、学年主任、園長、副園長などは普段から自ら積極的に子供たちに声がけしたり、関わりを持ってコミュニケーションを密にして、変化に気づく姿勢でいて欲しいものです

・思い込みがいじめという事実を作っているのです。「自分は仲間はずれにされるだろう」とか、ネガティブなことばかり考えていれば、必ずその事実が引き寄せられるので、結局のところ責任は自分自身にあります。親や環境のせいにするのは、結局は自分の首をしめていることにつながります。いくら子供といえど、その子供自身が持つ考えかたや性格は親も変えることはできないでしょう。自分で変えるしかないのです。少なくとも、それを教えられるのは学校などが良いと思います。

・いじめは他人事ではなく皆の問題としてそれぞれが責任を持つことが大切だと思います。

・どこに原因があるとかも、軽々に言えるものではないと思います。ただ間違いなく責任を負わなければならないのは、加害者です。

・学校と教育委員会の責任だと思います。両者が結託して子供を追い詰めているのだと思います。

・1番目にいけないのはいじめた本人。2番目にいけないのは、そういう子に育ててしまった家庭。3番目にいけないのは、それを見過ごす学校。4番目にいけないのは、何も言えないいじめられている本人。

・同和地区などの背景もある

・責任は小さい時からの子供のけんかやもめごとを止めていた大人の所為だと思います。親同士いさかいは嫌だとは思いますが、命にかかわらない限りけんかや物の取り合いはさせるべきだと思います。そこからこども自身が対応を経験で積んでいき、お互いの気持ちがわかって行くのだと考えます。