実施期間2008年09月03日〜2008年10月02日  データ数:1023件   

アンケート項目と回答者数

<アンケート項目>
今の日本の子どもには、もっと厳しいしつけが必要だと思いますか?
思う





636
思わない 104
分からない、どちらともいえない

260
その他  23

回答者の性別
男性



441
女性



582

回答者の年令
10代 102
20代

305
30代

333
40代 171
50代  75
60代  36
70代以上   1

回答者の地域
福岡 64
佐賀 5
長崎 11
熊本 18
大分 11
宮崎 9
鹿児島 6
沖縄 9
高知 7
愛媛 16
香川 11
徳島 3
山口 4
広島 22
岡山 12
島根 7
鳥取 6
和歌山 9
奈良 7
滋賀 13
京都 22
兵庫 45
大阪 65
三重 25
静岡 28
岐阜 13
愛知 73
山梨 11
群馬 18
栃木 10
茨城 20
千葉 43
埼玉 49
神奈川 83
東京 119
福井 5
石川 14
富山 14
長野 12
新潟 7
福島 8
山形 9
秋田 3
宮城 19
岩手 6
青森 11
北海道 41

アンケートについての、それぞれの考えの理由をいくつか紹介します。

<厳しいしつけが必要>
○もうすぐ親になるのですが、周りにいる子供を見ていると親のしつけが足りないのではないかと思う事が良くあります。公共機関でのマナーの悪さは目に余るものがあります。
○近所に小学生の男の子がたくさんいますが、しつけがなってないと思うことが多々あります。その親も注意しないし、放りっぱなし。人の家の車にボールを平気でぶつけたり、と悪さばかりが目立ちます。注意しても、その場だけの返事。頭にきます。うちの子は、そんな子にはなってほしくないと思ってます。
○今の時代子へのしつけが甘いので、子供が大人をなめてしまい昔ではありえなかったような未成年者の犯罪などが増えていると思う。
○最近、過保護な親が多すぎる。また、自分の子どもさえよければよいという考えの保護者も増えている。その為、悪さをした子どもが先生に叱られただけで、先生に文句を言う保護者が多いと思うから。先生もクレームが出ないようにする為だと思うが、子どもに優しすぎる。子どもたちが物事の良し悪しを親や先生に教えてもらえないから、いじめなどを平気でするようになる。もっと厳しいしつけにより、人の命の大切さ、人権などの勉強を徹底して教えていかねばならないと思う。
○常識がない子供が多過ぎます。各家庭で、最低限の社会ルールは、しっかり躾けるべき!!
○現代の子供は、親に甘やかされ過ぎていて本当の愛が伝わっていないと思う。学歴社会を作った国も悪いけど、ちゃんと子供に対しての躾が出来ていない親が多いと思う。ちゃんと悪いことは悪い。そして良いことをしたら体全部を使って愛情表現をするべきだと思う。私達が子供時代は、親や学校の先生はもちろん近所の人達にもそういう愛情を受けてきた。例えば、今は『あのお姉さんに怒られるから止めなさい』とかの注意の仕方ではなく、何故それをしたらいけないのか?という根本を教えていくのが本当の子育てなのではないかと思う。少子化が増えている為兄弟喧嘩をしたことのない子供や親に叱られる、時には手を出してでもちゃんと叱る(怒るのは感情的な事。叱るのは冷静にちゃんと理解させる事だと思っています)事も必要だと思う。また、ゲームを通じてしか遊べない子供も増えてきていると思う。過度に子供の願うように物を買い与える親が悪いと思う。だから『命の重さ』『痛み』等を理解出来ていない子供が増えているから変な事件(無差別殺人や子供が親を殺す等)が増加していると思う。私は未婚ですが、自分の甥や姪だけでなく、友人の子供に対してもちゃんと叱る事をしています。いくら叱ってもその中に愛情を込めて叱るのでちゃんと子供達は分ってくれてるみたいで、甘えてもくれます。私が両親にしてもらった様に自分が子供をもった時に育てていきたいと思います。
○最近個人ブログで見かけた事ですが子供がスーパーで商品に穴を開け中のお菓子を食べてしまっているのを親が「可愛いv」と携帯で写真を撮り注意もしなかったというとんでもない記事を見かけました。この場合しっかりするべきことは親のほうなのですがこういった事を普通と感じる事から子供は周囲に対して何をしてもいいんだという認識を強めてしまう懸念があります。幸い私の周りにはしっかりした親御さんが多くきちんとしつけをされている方が多いのですがやはり人事だとは思えません。いくら少子化といえど駄目な事は駄目、忍耐をもって物事を成す事の大事さを教えてあげるべきだと思います。
○私自信、学生時代に親、教師から非常に厳しく叱られて育ってきました。教師からひっぱたかれることは日常茶飯事でしたが1回も恨みを持ったことはありません。それは、叱る側がきちんと叱る理由を持っていること、愛情を持って叱ること、教えたいという熱意を持っていたからでした。なので、文句を言い返したこともありません。しかし最近の保護者達は、自分達がしつけられていないから、しつけ方を知らない。教育者もまた然りで、園児・生徒を叱れば保護者が出てくるので叱らない。それは愛情を持って接しているとは思えない。愛情を持っているならば、間違った親から非難が来ても構わない、私達は親がなんと言おうともこの子たちが将来間違った考えを持たないように、人に迷惑をかけていることすら気づかないバカ者に育たないように、親以上に本当の愛情を持って接しています。という確固たる信念を持って教育をしてほしいと切に願います。
○スパルタ式とか体罰とかの意味ではなく、人に迷惑をかけたときなどにしっかり悪いことをしたことを納得させる躾が必要だと思います。ただし出来れば親にも一緒に躾を受けてもらったほうがいいと思います。
○自由と放任は違う。「のびのび」という言葉の意味をはき違えて、やりたい放題させる保護者がどんどん増えてきているように感じる。家の中と外は違うのに、家の中でやっているようなわがままし放題出し放題は、親の子供へのしつけに対する考えがおかしくなってきている。「管理教育」は嫌なふうにとらえる人が多いけれど、「集団の中の個人」としてどういう行動すべきなのか、どういう態度で人と接しないといけないのか、最低限の集団行動教育は必要。私語がいけないときにしゃべる、立ち歩く、弱いものいじめ、すべてのもとはどこかでコミュニケーションがずれてしまっていると感じる。「子供はしょうがない」「子供のうちは」なんて言いながら、いきなり大人社会に放り出される子供が大人の中でわがまま出し放題していてやっていける訳がない。

< 厳しいしつけが必要だとは思わない>
○しつけはおしつけだと思います。親をみて子は育つというように子供をしつけるより、まず自分が恥ずかしくない人間になることかなと思います。
○厳しいしつけよりも周りの大人が、何が悪いのかどうしてなのかを伝えていくべきだと思う。子供よりも大人がしっかりと、社会で子供を育てていっているといった昭和のころの人間関係が、日本人として、人として今、求められているのではないかと、思います。昨年、私も待望の母となることができました。子供に教わることが本当に多くて、子供と一緒に成長をしていこうと決めています。
○確かに子供の、公共マナーの問題もありますが、まず私たち大人が治すべき所がたくさんあると思います。その上で子供に目を向ける事も、重要だと感じます。
○いまわしい事件がおこるたび厳しいしつけ待望論がおきますが短絡的だと思います。個人個人の人格を尊重し、特質に応じた教育が王道だと思います。
○子供には優しく接するべきであると思います。今、世の中には極端な方が増えているのではないかなと思います。放任主義や、過保護、自分の「感情」を子供に押し付けてしまうひとが多いように思います。親になりきれていない子供よりも子供な親になっているような気がします。「親」の人格よりも「男女」の人格が濃い人もたくさん増えてきてしまっているような気もします。なので子育てが頓挫すると、子に辛く当たってしまったり…そのような「親」の世代を育てた「祖父母」の世代にもいくらか問題があると思いますよ…やはり抑圧した、子供がしたい事もさせてあげない状態では大人になってからの反動が必ず出てくるように思えます。今の日本の子供がだらけてしまっているのは我々「親」の世代であり決して無垢な子供たちには責任は無いはずです。子供を叱るにしても「愛」をもって、決して「ちゃんとしないから」とか「イライラしていた、腹が立った」等という理由はあってはならないと思います。ゆえに子供に接するときはやさしく、愛のある、徳のある「厳しいやさしさ」が必要ではないのででしょうか。そうずればきっと良い国になれるようなに思います。

<分からない・どちらともいえない>

○今の日本の子供達は両極端といいますか、きちんとしている子はしているし、全然まったく礼儀のない子もいます。周りの大人との関係も薄くなり、注意をしようもんなら反抗してくる子が多いです。子供にしつけをというよりも、親の方の意識改革をしないといけないと思うこのごろです。
○私は将来、保育士になろうと思っています。今の私には、しつけというものはうっとうしいと思うことがあるけど、必要だとは思います。でも、子どもとは楽しみながら色々勉強して欲しいと、私は考えています。それは、将来私が保育士の夢を叶えれてもかわらない考えだと思います。だから、厳しいしつけが必要かは分かりません。
○昔と今では状況が全く異なるし、子どもの数は現在の方が少ない。なので一概にしつけを厳しくしろとか、緩やかなしつけに留めろとはいえない。ただ、これだけはいえる。自分の子ども以外に注意・しつけができる大人が少なくなったことだ。これは幼稚園教諭・保育士にもいえる。園内では園児に注意したり、しつけをするが、それ以外で勤務している幼稚園・保育園以外の園児・子どもに対しても、注意ができるといえるだろうか。
それができないのであれば、「もっと厳しいしつけが必要である」とはいえないのではないだろうか。よく高校の教師が「生徒のしつけが悪いのは中学のせいだ」と言い、中学の教師は「小学校のせいだ」と言い、さらに小学校の教師は「幼稚園(保育園)のせいだ」という。まさに責任転嫁である。私は幼稚園・保育園がもっとも重要であると考えるので、もっと厳しいしつけは考えものだが、人間としてもっともしてはならないこと、社会生活・家族生活など野最低限のルールやきまりは保育活動(遊びによる活動で学ぶことが多い)の中で子ども自身が学ぶように導くことができるようになれば、責任転嫁をする教師はいなくなるのであるが、それができる幼稚園・保育園が少ないことが残念でならない。
今こそ、フレーベルや倉橋惣三の理念が問われていると考えます。
○厳しくするのはよい事だと思うが メリハリが大事で 厳しいだけだと 親の前や大人の前だけ良い子演じ 裏で悪い事をする子になってしまいそうな・・
どちらが いいのか分からない。
○家庭家庭、やはり違うからだと思います。
今の世の中、何も無く生きていてくれるだけでも有り難く思えたりするのです。
ニュースを見れば、残酷な事件が後を絶ちません。明日も我が子を「おかえり」と
迎えれるか分からないのです。 子供との向き合いで変わるのではないでしょうか。